映えない

人生が映えない人間は写真も映えない

映画『PERFECT DAYS』にモヤる

22日に公開された映画『PERFECT DAYS』の評判が良い。Filmarksでは4点以上の高得点だし、実際に鑑賞した自分もいい映画だと思った。しかしこの映画に感じた微妙な違和感が次第に大きくなってきたので今これを書いている。

物語は、渋谷のトイレの清掃員として働く平山という男を中心に進む。役所広司が演じる平山は東京のボロアパートに住んでいて、朝早くから仕事に出かけ、休憩時間にはフィルムカメラで木漏れ日を撮ったりしていて、仕事が終わると古本を読みふけったり、どこかで拾ってきた草木に水をあげたり、浅草の地下街?の飲み屋で食事をしたりと、つつましい生活を送っている。

後半でほんの少しだけその背景が見えるような描写があるものの、平山の過去は完全に明らかにはされない。映画は上述した日々のルーティンの描写を重ねつつ、同僚の男や姪、そして小料理屋の女将といった人々と平山の交流を挟んでいく。

劇的なことはほぼ何も起こらないので寝る人は寝てしまうタイプの映画だと思う。そういう意味では監督のヴィム・ヴェンダースが敬愛する小津安二郎の映画とも共通する(ちなみに主人公の名前はおそらく小津の映画に登場する「平山」から取られているのだと思う)。とはいえ、カンヌで男優賞を穫るのも文句なしの役所広司の演技(終盤の表情の演技がすさまじい)や、平山が劇中で聴く音楽の絶妙な選曲、後半に登場する三浦友和との美しいやり取りなど、個人的にはまったく眠気など覚えず最後まで堪能できた映画ではあった。

しかしこの映画を観ている間、喉に魚の小骨が刺さったような気持ちを抱いていたのも事実。まず、平山が清掃をするトイレがことごとくきれいである。女子トイレは入ったことがないからわからないが、公衆の男子トイレというのはおぞましいほど汚れていることも多い。しかし平山が清掃するトイレはことごとくきれいで、もしかしたら「清掃後」しか映っていないだけなのかもしれないが、「トイレ掃除をする人の本当の日常」というものはあまり見えてこない。

出てくるトイレはほぼ最新式に見えるし、なんだか奇妙なデザインのものもある。例えば劇中に何度も出てくる、使用していないときには透明だが中に入って鍵を閉めると外から見えなくなるトイレとか。というのもこの映画は、世界で活躍する(ということになっている)16人のクリエイターが参画したプロジェクト・THE TOKYO TOILETなるものから生まれたものだから。そのためか、ここに出てくるトイレはほぼ美しく、デザインも一風変わっている。そのためか、酔っ払いのゲロが引っかかっていたり(柄本時生が演じる同僚がそういうトイレを掃除したという愚痴を言うくだりはあるが)、糞がはみ出ていたりすることもない。

こういったクリーンな(あるいはクリーンになったあとの)トイレしか出てこないのが、THE TOKYO TOILETの思惑なのかヴェンダースの美学なのかはわからない。だがいずれにせよ「出てくるトイレがどこもきれいすぎる」ことへの違和感は終始つきまとった。というか正直に言えば「こんなトイレ俺は知らねえぞ」という感覚もあった。まあそういう人に向けて「渋谷にはこんなトイレがあるんですよ」というPRをしているという側面もあるのだろうけど。

映画に感じる微妙な気持ちはこの「トイレきれいすぎ」問題だけにとどまらない。主人公はカセットテープで音楽を聴いているのだが、ヤマダアオイが演じる若者がこのカセットで聴くパティ・スミスの曲を気に入るという場面がある。もちろんありえないシーンではないが、なんとなく「おじさんの趣味を若者が気に入ってしまう描写への気持ちよさに鑑賞者のおじさんがうっとりする」という構図を自分は(穿ち過ぎなんだろうけど)見てしまった。さらに言うと、平山が見ている前で姪が服を着替えようとするシーンなんかにも「それ必要?」という違和感を抱いてしまう。

もっというと、平山はたしかに貧乏そうな暮らしはしているものの、あまり「底辺」という感じはしない。それは「ボロは着てても心は錦」だからだよ、と言われればそれまでなのだが、「本当は裕福なんだけどあえてこういう生活をしてる」感が拭えない。それは演技の問題ではなくてもともとの話の構造の問題である気がする。

この映画は今の日本人にとって気持ちがいい映画だと思う。きれいでデザインも素晴らしいトイレ、どやあ。寡黙で心優しくてつつましい日本人像、どやあ。日本語にしかない言葉、どやあ。しかもそれを、小津を敬愛しているドイツ人の監督が撮ってるんやぞ。どやあ。今の日本が抱えている本質的な問題がとりあえず放っておかれていて、そこかしこにそういった「どやあ」が透けて見える気がしてくる。しかもその「どやあ」の隠し方が巧妙(隠しているという意識すらなさそうなのがまた絶妙)。だからうっとりしてしまう。高等遊民が下々の者の世界をちょっとのぞきに来た感じ。でも映画としてつまらなくはないからもっと厄介だなと思う。

個人的に、この映画と対照的な位置にあるのが『市子』だなと思った。『市子』も『PERFECT DAYS』と同様評価が高い。でも『市子』では日本の醜い現実がわかりやすすぎない程度に浮き出ていて、巧妙に隠匿されているわけでもない。だから『PERFECT DAYS』みたいに気持ちのよい映画ではない。でもたぶん、この映画の仕掛け人の柳井某とかは『市子』のような映画をあまり評価しない気はする。実は僕も『市子』をそれほど映画として好きかというとそうでもない。もう一度観るなら『PERFECT DAYS』だろう。杉咲花の演技が素晴らしいのは間違いないとしても。でも本当に今の日本人が観るべきなのは、全然気持ちよくなれなくて居心地が悪い『市子』なんじゃないかと思ってしまう。

あと言っちゃ悪いけどさ、あんなトイレ使いづらいだけだから。渋谷駅を迷路にしたのとかもいまだに俺はムカついてるからな。


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