辺景・近景

適当に写真を上げていくブログ

雨宮まみさんのこと

 雨宮まみさんのことはなんとなく名前だけ知っていた。写真でお顔を見たときは「なんともいえない色気のある人だな〜」と思い、ちょっとしためぐり合わせから彼女と同じ空間に居合わせたときもやっぱり「なんともいえない色気のある人だな〜」と思ったものだった。

 雨宮さんはいかにも人見知りそうな、居心地の悪そうな、でもこんな空間も別に嫌いじゃないみたいな笑顔を浮かべていた。直接挨拶したわけではないのだけど、もし言葉を交わす機会があったらどんな会話をしたのかなあと、彼女が遺した文章を読みながらよく考える。

 僕は男だから「こじらせた女子」の細かい定義についてはよくわからないのだけど、彼女の文章を読んでいると「なんだ、これ、俺も当てはまるじゃないか」と思わずにはいられない。雨宮さんからしたら「あんたなんかにわかってたまるか」ということになるかもしれないし、世のこじらせ女子たちも「あんたみたいなクソ男に(ry」と憤慨するのかもしれない。

 でも彼女のつづる言葉は確実に、40手前の中年男の僕にも深く刺さっていて、この人と酒でも飲んだら楽しいだろうな、いや逆につらくなるだけかな、などと考えてしまう。そしてその直後に、彼女がもうこの世にいないということを改めて確認する。あのときあの場所でほんの少し居合わせただけで目も合わなかったのに、彼女のことを知っていたような気がする。つまるところ、彼女はそんなふうに思わせてしまう文章を書く人だったのかもしれない。

 もちろん、実際に彼女と会って会話をしたなら、話は全然合わなかったかもしれない。でも彼女の文章を読んでいると、きっと楽しい会話ができただろうなと思ってしまう。接点もないのに、そんなふうに考えてしまう。

 彼女が同性の人たちに向けて書いた文章を、僕は何度も読んでしまう。ある女性の相談に、真摯に、しかしユーモラスに答える彼女の文章に、僕は痛く共感してしまう。おっさんなのに。

 こんなどあつかましいことを書く権利もないのだけど、雨宮まみさん、一度話してみたかったな。本当に。